【訃報】なぜか年末は、いろいろなことが起こる

日常の中の体験談, まつい日記とつぶやき

訃報と思い出

2日にいっぺんはブログを書こう、なんて言っていたのに
早くもできなくなってしまいました。
1か月ぐらいは、マメにやるつもりだったんだけどなぁ。1か月ぐらいは・・・(小声)

なんてつぶやきはともかく、
先週今週は、お葬式などが続き自宅を不在にしておりました。

不幸ごとは続く、なんてよく聞きますが
まさに今年はそうでした。
考えてみれば、今年はお葬式に3回出席していることになりまして。

喪服を準備しておくなんて、いいことではないわけですが
訃報は突然くるもので、数時間の間に色々準備しなければならないことも多々あり。
一式きちんとしたものを揃えておいてよかったと実感した次第です。

つい先日、祖母が亡くなりました。
色々・・・まあ色々・・・家庭の事情といいますか、その昔、本当に色々ありまして。
祖父母とは、私が高校生になった頃から離れて住んでおりました。

親族内の「骨肉の争い」というものは、それはそれは根深いものを残すものです。
それを目の当たりにすると、もう子供の目にも「修復不可能である」というのははっきり感じられるものでした。

正直、当時の私には呑み込めなかったことがたくさんあるのですが、
大人になるにつれてだんだん身に染みてくるようになります。

社会に出て仕事を持ち、歳をとり、学生だった当時理解できなかったことが徐々に理解できるようになり

だからこそ、あぁ最期に顔を合わせて話してみたかった、と
祖母の遺影を前に一人、ぼんやりと考えておりました。

私が大人になったように、祖母もしっかりそのぶん年を取っていて

遺影を見ながら「こんなに時間がたったんだねぇ」とつぶやく母の背中が
いつもにもまして小さく、頼りなく感じてしまいました。

思い出の中の祖母は、いつも朗らかで働き者で料理上手。
私には見せない姿が祖母にはたくさんあったようだけれど

そして私も、知りたくなかったことがたくさんあったのだけれど
今となってはもうそれは過ぎ去ったことで、あれこれ考えてもしょうがないこと。
今更「どうにもならないこと」ってなやつです。

まあでも、この後悔にも似たような、居心地の悪いような気持ちは
この先もきっと、どこか残っていくのかなぁと
うまく言葉にできない複雑な気持ちを、家族をはじめ誰にもぶつけることができず

こうしてここに書いている、というわけです。

世の皆さんは、ご家族を亡くされたときどうやって乗り越えていくのでしょうか。

なかなか難しいものだなあと思います。
私にはまだまだまだ時間が必要のようです。

星空

訃報を受けて実家に戻り、遺骨の到着を待っている間の夜、
ふたご座流星群を見まして。

めちゃくちゃ寒かったのですが、あまりにも夜空がきれいで、
加えて流れ星が予想以上にたくさん見えまして
久々にじっくり星空を眺めました。

そういえば、子供の頃
こうして祖母と流星群を眺めたことがあったな、とふと思い出し
懐かしく切なく、じんわりときてしまい。

今まで色々あったけど、きっとこれからも色々あるんだろうけど
思い出はあの時のまま、大切にしていてもバチは当たらんだろう、と
流れ星を数えながら思ったのでした。

さて、また明日から何か書いていこう。
今日の休憩はここまで!