【不思議な体験】ある店舗での話 — 前編

思い出

ある店舗での話

2018年。平成最後である今年の夏は、とにかく猛暑らしい。夏真っ盛りということで、今日はちょっと涼しくなる思い出話をしようと思う。

 

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私は心霊系はあまり信じない。あ、いや…ぶっちゃけ信じたくないってのが本音であるが…酒のつまみに話せるぐらいは、不思議な体験がいくつかある。「たぶん疲れていた」で片づけようとしたが、でもな…と考えてしまう類の話だ。

若いころ、私は飲食の仕事に就いていた。居酒屋なんかもそれなりに経験がある。なかなかにキツイ仕事だったが、実はそこまで嫌いな仕事ではなく、体力があれば今でもまたやってみたいと思うことがある(無理だけど)。

そういった店が入っているビルで「いわくつきな場所」に出会うことが結構な頻度であった。まあその、俗にいうでるってやつだ。不思議なことに繁華街の人が集まるビルには、その人以外の「いろいろなもの」も集まってしまうらしい。



「いろいろなもの」というのは、別に霊的な何かだけを指すわけではない。そこに出入りする人間、物、企業、団体その他。それに伴い、多くの情報や物がそこに集まる。大きければ大きいほど、有名であればあるほど、彼らにはそれなりの噂や評判はついて回るものだ。

怪現象というものは、その多くが上記のような話に尾ひれがついた噂や先入観、勘違いや思い込み等の類だと私は思っている。その土地柄や周囲の環境に左右された結果うまれた話、ってのもあるかもしれない。

まあ、事件があったとか自〇があったとか聞くと少し構えてしまうが…そのすべてを本気にするわけでもない。

しかし。
そうはいっても「?」な現象に出会うことも確かにあった。

その中でも私が一番印象に残っている、Yという店舗。あるチェーン店の一つだった。
実はここ、同業者の間では「わりとガチ」と噂される場所。しかし当時の私はそれを全く知らず、1か月間のヘルプとしてそのY店に配属された。

当時の私は異動&引っ越したばかり。土地勘も情報網もなく、Y店のことは本当に何も知らなかった。

普段と設備も人も違う店舗での仕事。最初は戸惑ったものの店内は広く和風な趣で、店員同士の声掛けも活発なとてもいい店舗だった。「ずっとここの勤務だったらいいのに」なんてのほほんと思いながら、それなりに楽しく仕事ができていた。ある出来事が起こるまでは。

 

店内

Y店は、1階はテーブル&カウンター席、2階は個室と宴会室(大きめの部屋)となっていた。1階は広く開放感があったが、2階は個室と宴会室が並ぶため比較的静かで落ち着いた場所である。私は主に2階担当だった。

階段の上り下りも最初はきつかったが、1週間もすれば慣れた。この階段は人が歩くと必ずキュッキュと音がする。

「このお店、内装が和風だし鶯張り(ウグイスばり)※を採用しているね!」と、ある男性客が彼女と思わしき人にドヤ顔で語っていたけれど、そんなわけはない。残念ながら単に古いだけである。

※鶯張りとは:歩くと音が出る床のこと。敵の侵入を知らせる仕掛け。

「え~鶯張りってなぁにぃ?」というきゃっきゃうふふな会話を聞きつつ、お前らは末永く爆発してくれと祈ったある日の私は、宴会対応続きでとにかく疲れていた。加えて夏のムシムシした暑さにやられ夜眠れない日が続いており、ちょっとヤバいぞという体の悲鳴を感じてもいたのだ。

— 横になりたい —

そう思っても、客も仕事も待ってはくれない。ちょうど祭りの季節で最大に込み合う時期である。
あっちこっちと走り回りやっと落ち着いたころ、休憩時間をとっていなかったからかフラフラしていた私を上司が心配し、空いている部屋で休めと声をかけてくれた。その日はもう宴会の予約はなく個室使用の団体客もある程度捌けていたため、2階で休むことにした。

やっと一息つける、と一番奥の部屋で横になった私は、あっという間に眠りに落ちた。
寝ていた時間は20分か30分ぐらいだったと思う。ふと目を覚ました時、部屋の入口の引き戸をコンコンと叩く音がする。

引き戸

従業員の誰かが休憩にきたのだと思った。

「どうぞー」

声をかけても誰も入ってこない。少しの間の後、またコンコンと聞こえる。

「どうぞ。入っても大丈夫ですよ、休憩中なので」

もう一度声をかけたが誰の返事もない。おかしいな。遠慮したのだろうか?

すると、隣から「ブオー」というエアータオル(手を乾かすやつ)の音が聞こえてきた。(この部屋はトイレの入り口に近かったため、エアータオルの音が良く聞こえる)もしかしたら私の休みが長く、誰かが呼びに来たのかもしれない。

廊下に出るとすでに宴会部屋の廊下の電気は落ちていて薄暗く、階段近くの部屋以外、団体客は帰ったようで静まり返っていた。急がねばと部屋を整え軽くトイレチェックをして1階に戻ると、店長に声をかけられた。

食事(まかない)はどうするかと聞きに2階にいったが、熟睡中のようだったのでそのままにしといた、店も落ち着いてるしもっと休んでもよかったのに、と。さっき2階にきたのは店長かと尋ねると、確かに2階には行ったがそれは私が2階に上がってすぐの時で、それからしばらく時間が経っているという。また、他の従業員の誰も奥の部屋には来ていなかった。

はて。では先ほどのノックは誰だったのか。
疑問はあったが特に深く考えることもなく、聞き間違いか何かだろうと思いその話は終わった。

ただ、なぜか店長が「ひとりで○○番(奥の部屋の番号)を使ってるとは思わなくて驚いた」と言っていたのは少し気になっていたのだが。

 

実はこの店舗の2階…特に奥の部屋は、多くの従業員はあまり近寄らない場所だった。また客がいない時などは2階は一人では行かず、いつも複数人で掃除や準備をする人が多かったらしい。

その理由は、単純に「怖いから」である。

奥の部屋は少人数用で狭く、また廊下も狭いため料理や飲み物を運ぶのに不便という理由で、よほど混んでいる時でなければ使われなかった部屋だ(静かな席がいいとご所望の場合は、あえてここを案内することもあったが)。
通常、従業員はその時の空き部屋を休憩部屋とするのだが、それならこの奥の部屋をその場として活用してもいいはずなのだが…?

 

廊下

2階フロアにいると、時々「見る」そうなのだ。誰かがその奧の部屋に向かう姿を、時々従業員が見かけるという。

それは怖いとか変だとか思う暇もなく「ごく自然な形で」現れるのだという。何か変だとか歩き方がおかしいとかそういうこともなく、「とにかく自然に普通の人が歩いている姿」なのだとか。

見かけた従業員はお客が部屋を間違えたと思い、「お部屋はあちらです」と声をかけに追いかけるのだけど、部屋には誰もいない。そこで初めて「あれ?」と思うのだそう。

勤務歴が長い人はもちろんこのことを知っているが、勤務して間もない人は、誰かがこのことを伝えてくれるまで知ることはない。そして皆、あまりこのことを話したがらなかった。いたずらに怖がらせてしまい、辞められても困るからだろう。

それに、誰もが見るわけではない。長くいる人でも、「見たことがない、信じていない」という人もいる。

私がこの話を聞いたのは、ずいぶん後だった。もしこの話を事前にきいていたら、2階を怖がり仕事に支障がでたかもしれない。よかったと思う反面、言ってほしかったという気持ちがないわけでもないのだが。

 

これだけ従業員から警戒されていれば、もちろん客側にも「見た」とか「出た」とかの話があってもよさそうなものだが、不思議とその傾向はなかったようだ。客で来ている分には何の問題もなく、よくある「大衆居酒屋」に変わりない。

問題があったのは、そこで働く従業員と出入りする業者だったということだ。

後編へ続く