【不思議な体験】ある店舗での話 — 後編

思い出

ある店舗での話【後編】

Y店にヘルプにきてからしばらく経ち、店舗の面々のそれぞれの特徴や顔を覚えてくると、それなりに話もできるようになってくる。

開店準備の際、宴会予約があれば事前にその準備をするのだが(テーブルセットや料理の仕込み等)一人では時間がかかるため2人組で行うことが多い。その際、よく一緒になっていたのがSという男性である。彼とは年齢が近いこともあり接しやすく、冗談をかわすぐらいには話をしていた。

 

ある日、すべての宴会部屋が埋まるほど団体予約が集中したことがあり、開店前いつもより早く出勤し準備をすることになった。その準備のための人員は、店長とSと私の3人。アルバイト陣が出勤する前に、ある程度の準備を済ませておかなくてはならなかった。

店につくとすでに店長は準備を始めていたが、何か急用らしく30分程外に出てくるという。フロアの準備よろしくと言い残し、慌ただしく出かけて行った。

急いで着替え準備に取り掛かる。1階の準備は終わり、厨房のチェックに入る。厨房は店長の準備エリアだったが、仕込みも含めておおよそ終わっていた。ここはもう大丈夫だろう。後は2階フロアの準備だけである。

店内

しかし…Sが来ない。出勤時間はとうに過ぎている。何かあったのかと心配になり店から電話をしてみると、なんと彼はまだ家で寝ていた。

S「寝坊しました、すんません」
マツイ「えぇ…マジで…」

アルバイト陣が出勤してくるまで1時間を切っていた。いそがないと。2階へ駆けあがり準備を始めた。

 



各部屋を整え人数分のテーブルセット、備品の補充やチェック、ビールサーバーや炭酸ガスなどドリンカーの準備、カクテル用のフルーツの仕込み、その他諸々…忙しく準備している中、階段からキュッキュと音がするのに気づいた。誰かが2階に上がってきたようだ。

誰だろう?Sではないことは確実だから、店長だろうか?廊下をこちら(宴会部屋)に向かって歩く足音がしてきたので、部屋の中から「お疲れ様です」と声をかけた。

「お…か……です」
廊下の方から女性の小さな高い声が聞こえた。店長ではない。

珍しいな。この時間にもう誰か出勤してくるなんて…もしかして今日は早めに来ることになっていたのだろうか。まぁいいや、時間もないし準備手伝ってもらおう。

「あの、宴会準備手伝ってほしいんですけど、向こうの部屋のセットを…」

話しかけながら廊下に出ると、そこには誰もいない。かわりにトイレの方から「ブオー」とエアータオルの音がする。

「あの、準備を…」トイレの前にきて立ち止まる。トイレにはまだ電気をつけていなかった。真っ暗なままだ。
しかし、中からは未だ「ブオー」とエアータオルが鳴り続けていた。

トイレ

ピタッとその音が止むと、奧の宴会部屋に続く向こうの廊下から、誰かの歩く足音が聞こえた。歩いて、とまり。また歩いて、とまる。静まり返った店内で、何度もその音が聞こえる。

「誰かいます?」

返事はない。しかし足音は続いている。得体のしれない音に怖くなり、その場から離れようとしたが足が動かない。

足音が止んだ。すぐ手前の廊下の曲がり角。そこに何かがいる気がする。ここにいたくない、急いでここから離れなければ。

考えは廻るが体は動かない。その時すぐ近くから、

「…………の………から」

さっきと同じ声が聞こえた。何を言ったのか聞き取れなかったが、「~のほうから…」と聞こえたような気がする。同時に、付けていたエプロンの裾を何かが引っ張るような不自然な重みを感じた。

下を見てはダメだ。

そう感じた瞬間、スッと足が動いた。すぐそばの非常出口から外の階段へと飛び出し、一気に下に駆け下りた。中履きのまま外に飛び出したことになるのだが、1人で店内に戻る勇気は私にはなかった。そのまま誰かがくるのを、ただひたすら待った。

 
 

用事を済ませて戻ってきたらしい店長が「なにしてんの」と驚いた声で言った。その安堵感から、危うく抱きついて「怖かったっす!」と叫びまくるところだったがぐっとこらえ、できるだけ平静を装った。とりあえず、外で突っ立っていたのをごまかすことを考える。

マツイ「2階の準備をしてたんですが外で何か変な音が聞こえたんで…」
店長「あっそ、Sは?」
マツイ「色々あって遅刻だそうです」
店長「…寝坊とかだったらオレは怒るぞ」
マツイ「…(常習犯だったのか…)」

そうこうしているうち、早番のアルバイト勢が出勤する時間が近づく。2階の残りの準備は店長に手伝ってもらい、なんとか間に合った。私が外にいた理由を店長はそこまで深く聞かず、私も2階でのことを話すことができないままだった。

階段

結局Sは2時間以上遅刻してやってきた。色々言いたいことはあったがまあ済んだことはしょうがない。それより、2階での出来事をSに相談したかった。なんとなく、他の人には話しづらかったからだ。

あー…マツイさん「住人が見える人」だったかぁ。私の話を聞いたあとSが言った。住人ってなんだと問い詰めると、「オレは信じてないけどね」と前置きしたうえで話してくれた。

・2階にはあっちの世界の住人がいる
・それは男と女一人ずつ
・たまに従業員がその姿を見たり音や声を聞いたりする
・エアータオルが勝手に動くのは故障ではないが原因不明(何度か業者に見てもらったし、新しいものを取り付けたが勝手に動く)
・奥の宴会部屋は、住人(特に男)が出入りするのでみな使いたがらない
・返事をしたり話しかけたりすると、時々いたずらされることがある

 
 

マツイさん、マジで知らなかったの?とSも驚いていたが、私もそんな暗黙の了解があるなんて知らなかった。いやそういうことは早く言ってほしい。なら、奧の部屋で聞いたノックの音はもしかして……ってやめよう、考えないことにしよう。

それ以来、2階の準備や掃除はできるだけ一人でやらなかった。開店準備の時、たまに一人の時もあったが…その時は気を紛らわすために歌を歌ったり、変な掛け声をかけたりしながら頑張った。

ドラゴンボールばりに「のおおーっ」とか言いながらやっているのを、たまたまエリアの店舗指導にきていた本社の部長に見られて本気で心配されたが、そんな黒歴史は無かったことにしたい。

ドリンク

あるベテランの女性従業員と「2階の住人」について話をしたことがある。

彼女は男性の住人をよく見るという。ぱっと見その辺の普通の人と変わらないから、客と間違ってしまうこともよくあるそうだ。しかし不思議なことに、見えるのは後姿だけ。正面からの姿は見えないらしく、見た人もいない。

「なんとなくだけど、顔を見せたくないんだと思う」と、真面目な顔で彼女が言っていた。実は住人はシャイなのか…?いやいやまさか…。

ちなみに女性の住人は、遭遇するとあまりいい気持ちがしないそうで完全無視しているそう。なんて強いんだ。私も慣れれば、無視することができるぐらい強くなれたんだろうか。あの時私のエプロンを引っ張ったのはどちらだったかは分からないが、おそらく女性の住人なのだろう。

 
 

幸か不幸か、私は最後までその住人の姿を見ることはなく、あの日以降 声を聴くこともなかった。ただ、エアータオルの音にはよく遭遇した。もし2階の住人がエアータオルをつかっているのだとしたら、それはおそらく男性のほうだと思う(男子トイレのエアータオルが鳴るから)。

ヘルプ期間が終わった時は心からほっとしたが、Y店で(目撃しながらも)長く働く人たちはメンタル強いんだなと尊敬した。単純に給料がよかったからなのかもしれないが、私なら継続を迷ってしまうかもしれない。

Y店は今も存在する。グーグルマップで確かめたから間違いない。まだ今も2階に住人はいるのだろうか。
確かめてみたい気もしないでもないが…おそらくもう行くことはないだろう。

 
 

とまぁ、この話はここまでなのだが…機会があれば他の体験も書いてみようと思う。
地域信仰の神様?にまつわる話もあるのだが、そういったものに関心がある人には興味深い経験かもしれない。